Department of Pathology, The University of Tokyo
Univ TOKYO
EBウイルス関連胃癌     深山 正久・宇於崎宏

はじめに

 Epstein-Barr (EB)ウイルスは,1963年バーキットリンパ腫培養細胞から発見されたヘルペスウイルスで,伝染性単核球症や種々のリンパ腫,上咽頭癌(リンパ上皮腫)の原因ウイルスとして知られてきた.1990年代初頭に,EBウイルス小分子 RNA(EBV encoded small RNA, EBER)を標的としたin situ hybridization (ISH)を用いて種々の腫瘍組織においてウイルスの存在が検索された.その結果,従来想定もされていなかった胃癌との関係が発見され,EBウイルス関連胃癌として注目されるようになった(表).EBウイルス関連胃癌は, EBウイルスに感染した上皮細胞がモノクローナルに増殖した腫瘍で,胃癌全体の10%を占める.際立った臨床病理学的,細胞生物学的特徴を持っているが,さらに最近,種々の癌関連遺伝子プロモーター領域のCpG islandに,高密度のメチル化が高頻度に生じていることが見出された.ヒトのウイルス発癌機構の中でも特徴的な異常であり,今後の解明が期待されるとともに,ウイルス感染を利用した新たな治療法の開発も進められている.

1.EBウイルス関連胃癌の臨床病理学的特徴

EBウイルス関連胃癌は低分化ないし中分化型腺癌の組織像をとり,リンパ球浸潤を伴う症例が多い(図1).浸潤リンパ球はCD8陽性の細胞障害性Tリンパ球を主体とするが,リンパ球にはEBウイルスの感染は認められない.リンパ球浸潤が著しい場合には,上咽頭癌におけるリンパ上皮腫の組織像に類似するため,リンパ上皮腫類似胃癌(Lymphoepitheioma-like gastric carcinoma)と呼ばれる.逆に,リンパ上皮腫類似胃癌ではほとんどの症例にEBウイルスが存在している.

EBウイルス関連胃癌は一般の胃癌に比べ,男性に多い傾向があるが,各年齢層での発生率に有意差は見られない.占拠部位は一般胃癌が多い幽門前庭部ではなく,噴門部から体上部の胃底腺領域に多い.癌および周囲にリンパ球浸潤が多いことを反映し,内視鏡的には表面が陥凹,境界不明瞭で分厚い病変が多い.また,臨床的にリンパ節転移が疑われる場合でも,EBウイルス関連胃癌では転移の頻度が低いとされている.

2.EBウイルスの感染状態

EBウイルス感染の検索は,EBERを標的とするISH法が用いられているが,これはEBER が感染細胞1個あたり106コピー程度と発現量が多く,ホルマリン固定後パラフィン包埋された病理組織標本上でも容易に検出することができるためである.この方法によれば,EBウイルス関連胃癌では,腫瘍細胞の全てにウイルスの存在が認められている.

 EBウイルスは直線状二本鎖のDNAウイルスであるが,両端に繰り返し配列(terminal repeat)を持っている.感染細胞の核内で,ウイルスDNAは両端で結合して円環状構造(プラスミド)となるため,個々の感染細胞ごとにウイルス末端繰り返し配列の個数が異なってくる.このため,繰り返し配列部位を制限酵素で切り出し,その長さをサザンブロッティングで検索するとEBウイルスのクローナリティーを明らかにすることができる.EBウイルス関連胃癌ではリンパ腫などと同様,症例ごとに6kb以上の単一のバンドが検出されることから,EBVは単クローンであり,潜伏感染の状態であることが証明される.

 ウイルス感染症としてEBウイルス関連胃癌をみると,胃癌細胞ではウイルス粒子を産生しない潜伏感染の状態にある.しかも,Burkittリンパ腫と同様,T型潜伏感染と呼ばれる状態にあり,EBウイルス蛋白のうちEBウイルス特異核内抗原1(EBV determined nuclear antigen 1, EBNA1), Latency membrane protein 2A(LMP2A)など,ごく少数の蛋白のみが発現している.リンパ球不死化,線維芽細胞の形質転換に各々関連するEBNA2,LMP1の発現は認められない.このため,EBウイルスの発癌機構解明のためには,ウイルスと感染細胞の相互作用,感染細胞自身の異常についても分析する必要がある.

3.早期胃癌と周囲粘膜

EBウイルス関連胃癌の頻度は,早期癌においても進行癌と有意な差はみられていない.また,粘膜内癌の段階においても,ほとんどの腫瘍細胞にEBER陽性シグナルがみられ,末端繰り返し配列による分析においても感染EBウイルスは単ないしオリゴクローナルである.このため,EBウイルスが胃癌発生のきわめて初期段階に胃の上皮細胞に感染していることは明らかである.

一方,非腫瘍性胃粘膜でのEBウイルス感染状態については,いまだに明確になっていない.腸上皮化生細胞にEBウイルス感染を証明したという報告があったが,我々の追試では全く確認されない. EBER-ISHの結果に基づくと,EBウイルスは少数の腺窩上皮に感染しているが,腫瘍化が起こらない限り,上皮細胞の移動によって,表層から剥離していくものと考えられる.

EBウイルス関連胃癌の周囲粘膜について胃炎の状態を評価すると(図2),陰性胃癌に比べ,萎縮,リンパ球浸潤が強い.一方,腸上皮化生との関係は密接ではなく,ピロリ菌感染率には違いがみられなかった.このことから,EBウイルス関連胃癌の発生には,特異な胃炎の存在や,これを引き起こす素因も重要な役割を果たしていることが想定される.

4.細胞生物学的特徴

EBウイルス関連胃癌をマイクロアレイ発現解析すると,白血球,インターフェロン関連遺伝子群が高発現しており,混在するリンパ球を反映したものとなっている.しかし,これらの影響を考慮しても,EBウイルス関連胃癌では,腸上皮への分化を示す遺伝子群の発現は低下しており,むしろ胃型形質をとるクラスターに分類される.

粘液形質や小腸上皮の刷子縁に存在するCD10の発現を免疫組織化学的に検討すると, EBウイルス関連胃癌では,胃型の形質を示すか,両形質ともに陰性であるNull型をとる.正常の胃粘膜でNull型を示す皮細胞は,増殖帯に存在する胃上皮細胞であることから,EBウイルスの感染,腫瘍化の標的は,おそらくは胃上皮幹細胞であると想定される.

胃癌の遺伝子発現プロファイル解析でみられたように,EBウイルス関連胃癌の特性を研究するためには,混在するリンパ球浸潤を除く必要がある.即ち,培養細胞系あるいは移植株の樹立が必須であるが,上皮細胞にEBウイルスを感染させるとウイルス産生が引き起こされ,安定した潜在期感染培養細胞を得ることは極めて困難である.このため,我々はSCIDマウス移植株の樹立を試み,潜伏感染を厳密に維持している株の樹立に成功し,現在,EBウイルス関連胃癌の解析に利用している.

アポトーシス,細胞周期関連蛋白

EBウイルス関連胃癌では,アポトーシス細胞の比率が陰性胃癌に比べ有意に低く,抗アポトーシス作用によって腫瘍が維持されている可能性が高い. p53蛋白の過剰発現症例が少ないことから,p53遺伝子変異の関与は考えにくい.一方, SCIDマウス移植株で高発現している抗アポトーシス分子があり,今後さらに検討する必要がある.

サイトカイン・増殖因子

Interleukin 1-b(IL1-b)はpro-inflammatory サイトカインで,しかも胃酸分泌を抑制する.SCIDマウス移植胃癌株の発現解析から,サイトカイン関連分子の中でもIL1-bの発現が高いことが判明した(3).この結果はRT-PCRで確認され,また IL1-b のRNAプローブを用いたISHでもEBウイルス関連胃癌に限って,胃癌細胞に陽性シグナルが認められた.さらに,胃癌細胞株の中はIL1-bに反応して増殖するものがあることから,EBウイルス関連胃癌ではIL1-bがオートクラインに増殖に働いている可能性が高い.

ヒト個体ではIL1-bの遺伝子多型が存在していることが知られており,胃酸分泌能,ピロリ菌感染率,胃癌発生頻度の違いに寄与しているといわれている.われわれの検討では,EBウイルス関連胃癌では遺伝子多型の関与は見られなかったが,陰性胃癌で胃体部発生胃癌の危険因子になる多型が見出された.いずれにせよ,EBウイルス関連胃癌では腫瘍維持に,陰性胃癌では多型を通じて,IL1-bが発癌に関与している所見が得られたことは興味深い.

接着因子,細胞骨格

CD44は細胞表面の糖タンパクで接着分子として働きhyaluronate,コラーゲン,フィブロネクチン,組織特異型プロテオグリカンと結合することにより,様々な作用を示す.10個のexonのスプライシングが知られているが,腫瘍に発現するCD44のsplicing variantは転移能,予後に影響を与えるとされている.EBV関連胃癌ではCD44のV3-5, V6の発現が高い.また,EBウイルス関連胃癌では,中間径フィラメントのケラチンの発現も特異であり,ウイルス感染によって引き起こされるケラチン制御異常も,特異な細胞生物学的特徴に寄与していると考えられる.

5.エピジェネティクス異常

 EBウイルス関連胃癌では,癌抑制遺伝子欠失,micro-satellite遺伝子不安定性などの異常に関しては頻度が低い.このためエピジェネティックな異常が発癌過程に重要な役割を果たしていることが予測される.
遺伝子プロモーター領域のCpG繰り返し配列のシトシンにメチル化がおきると,転写が抑制され,遺伝子発現に大きな影響を与える. DNAメチル化はDNA methyltransferase (DNMT)によって引き起こされ,加齢や癌で亢進した状態になることが知られている.また,一旦.DNAメチル化が起こると細胞分裂後もDNAメチル化状態は保たれる.DNAをsodium bisulfiteで処理すると,メチル化されていないシトシンが化学的にウラシルに置換されるが,メチル化されているシトシンは置換反応を受けない.このため,非メチル化DNA配列はbisulfite処理によってチミジンに置換された配列となり,非メチル化,メチル化配列に特異的なプライマーをそれぞれ使ってPCRを施行し,増幅の有無でDNAメチル化の状態を推定することができる(Methylation specific PCR, MSP法).また,処理前後にDNAの塩基配列を直接調べることでもDNAのメチル化状態が分かる.

MSP法を用い,種々の癌関連遺伝子のプロモーター領域を検討すると,EBウイルス関連胃癌では広範な遺伝子に高頻度にDNAメチル化がおこっていることが判明した.とくに,p14, p15, p16, E-cadherinなどのプロモータ領域でDNAメチル化の頻度が高い(図3).EBウイルス関連胃癌では, DNAメチル化は,p16,E-cadherinの発現低下とよく相関しており,メチル化異常が実際に遺伝子発現異常に直結している.さらに,p14,p16プロモーター領域でのメチル化状態を塩基配列で確認すると,EBウイルス関連胃癌ではp14の29個のCpG部位のすべてに均等にメチル化が生じているが,陰性胃癌では散在性にみられるに過ぎない.

非EBV関連胃癌の中にも高頻度にDNAメチル化が起こっている一群が知られ,CpG island methylator phenotype (CIMP)と呼ばれている.その臨床病理学的特徴は必ずしも明確ではないが,CIMP胃癌周囲の非腫瘍性粘膜でもDNAメチル化が亢進していると報告されている.このため,EBウイルス関連胃癌の周囲胃粘膜でDNAメチル化の頻度を検索したところ,陰性胃癌の周囲胃粘膜と差はなく,いずれも低頻度であった.また周囲胃粘膜のメチル化の頻度と慢性炎症の程度の間には関連性が見られなかった.以上の事実から,EBウイルス胃癌の場合には,DNAメチル化の亢進はEBウイルス感染に伴って引き起こされる異常であると考えられる.


EBウイルス関連胃癌におけるメチル化亢進に関して,陰性CIMP胃癌における異常との異同を含め,分子機構の解明が待たれるところであるが,EBウイルス関連胃癌では,ウイルスと感染細胞との相互作用によって引き起こされている可能性がある.つまり,EBウイルス感染に対する防御として,感染細胞でメチル化が亢進し,感染ウイルスDNAのメチル化により潜在期遺伝子の発現が抑制される.一方,このような反応が過剰に働くことによって,感染細胞自身のDNAにもメチル化がおき,腫瘍化につながる(図4).以上の仮説の検証には,上皮細胞のin vitroでのEBウイルス感染系を用いた研究が必須である.

6.EBウイルス関連胃癌の治療戦略

 リンパ上皮腫類似胃癌は他の胃癌に比べ予後が良好であるが,リンパ上皮腫類似胃癌の中ではEBウイルス感染の有無は臨床的特徴や予後には大きく影響しない.また.そのほかのEBウイルス関連胃癌でも陰性胃癌と比べ,予後に有意な差はない.しかし,EBウイルスが持続感染していることを利用して,特異的な治療法を開発することが出来る点は重要である.EBNA1によって活性化されるEBVのoriPプロモーターに癌抑制遺伝子p53をつなげて,アデノウイルスベクターに組み込むことで,EBV陽性細胞のみに癌抑制遺伝子を発現させる試み,BZLF1遺伝子あるいはBRLF1遺伝子をアデノウイルスベクターに組み込んでEBV感染細胞のみにアポトーシスをもたらす実験,シスプラチン, 5-フルオロウラシル(5-FU),タキソールなどの通常の抗癌剤に加え,ヘルペスウイルス薬であるガンシクロビルを投与することで,それまで潜伏感染状態にあったEBV感染細胞を融解感染へと移行させ,抗腫瘍効果を上げる研究など検討が行われている.


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