人体病理学について、とくに医学生の諸君に紹介したいと思います。

人体病理学は臨床医科学と基礎生命科学の接点にあります。つまり、「個々の症例の病気・死を分析することによって基礎生命科学のテーマを発見し、逆に、基礎生命科学の成果を取り入れた症例の解析を通じ、個々の症例の経過をよりよく理解し治療に役立てる」、こうした作業を繰り返しているのが人体病理学であります。医療という観点から人体病理学の位置をみると、生検、手術検体の病理診断を行うことで実際の診療に参加しています(この分野をとくに病理診断学と呼びます)。また、最終的に治療の効なくしてお亡くなりになった患者さんの剖検を通して、医療の質を自らの診断も含め、臨床家とともに点検する役目を担っています。その意味で、人体病理学に従事する医師は、メスを使わない外科医、聴診器を持たない内科医であり、最後の一般医the last general physicianということができます。

研究という観点で人体病理学をみてみると、実践を通して疾患の問題点を発見するという、他の基礎医学とは大いに異なった姿勢を持っています。川崎病が実は冠動脈をおかすことがある事実をいちはやく問題提起したのは病理医でありました。早期胃癌の概念は、日本の人体病理学が臨床家とともに形成した世界的業績といえます。他の基礎生命科学の成果を応用しより微小な病変の遺伝子異常、発現異常の解析を行う研究方向も重要で、我々も今後積極的に展開していくつもりですが、同時に歴史、病誌を視野に入れた複合的視座が人体病理学には必要であると思っています。

医学部学生の教育という観点からは、人体病理学は基礎生命科学の諸項目から臨床医科学への移行にあたって、疾患のイメージを実体の伴ったものにする役割を持っています。学生諸君は解剖学で学習した臓器がどのように疾患によって変容するか、肉眼・組織像を通して習得すべきです。また、研修医をはじめ臨床家は、お亡くなりになった患者の最後の病態を実体として確認する必要があります。このようなイメージを欠くと、単なるデータを操作するだけの臨床家となってしまう危険性があるといえましょう。

さて、人体病理学、病理診断学を志す医師、病理医の将来ですが、大学の病理学教室、病院病理部、300床以上の病院に勤務することになりますが、まだまだ人不足の状態が続いています。学生諸君には是非、人体病理学を、自らの将来の可能性の一つとして考えてもらいたいと思います。