概念

Epstein Barrウイルス(EBV)は、EpsteinらによってBurkittリンパ腫培養細胞から発見されたヘルペスウイルスである。EBVは世界中に広く浸淫しており、通常小児期に唾液を介して口腔・咽頭粘膜に感染が成立し、口腔・咽頭粘膜上皮細胞で産生されたウイルスは、さらに上皮間を通過するBリンパ球に感染し、感染Bリンパ球は全身に広がる。免疫監視機構により、感染Bリンパ球は傷害をうけ、一方EBVもウイルスを産生しない潜在感染状態となり、症状を起こすことなく(不顕性感染)、EBV保有細胞の増殖が極めて抑制された平衡状態(キャリアー)となる。思春期に達して初めて感染した場合、感染Bリンパ球の一過性の増殖に伴い、伝染性単核球症を引きおこす。 EBVはヒトがんウイルスとしても重要で、これまでBurkittリンパ腫、鼻咽頭癌に関与していることが知られていた。これらの腫瘍では、腫瘍細胞にEBV DNA及びEBV潜伏感染期遺伝子の遺伝子産物が存在し、腫瘍組織中のEBVはモノクローナルであることから、腫瘍化あるいは腫瘍の維持にEBVが関係していることは疑いない。最近、検査室レベルでも、EBV潜伏感染期遺伝子産物の一つで、感染細胞当たり106-7コピー存在している小RNA分子EBERをin situ hybridizationで検出することが可能となった。この事情もあって、以下に挙げる種々のリンパ腫、上皮・非上皮性腫瘍にEBVの存在が認められているが、各腫瘍でEBVがどのような働きをしているのか、どのように腫瘍化に関与しているのか、その詳細については、十分に解明されていない。

疾患

リンパ腫

EBV関連リンパ腫の頻度は節性、節外性いずれも5~10%程度であるが、極めて密接な関連を示すB細胞リンパ腫として、endemic Burkittリンパ腫、日和見リンパ腫、膿胸関連リンパ腫があり、T/NKリンパ腫として鼻腔リンパ腫が挙げられ、さらに、Hodgkin病の半数に関与している。特に、EBVが関与するリンパ腫がB細胞リンパ腫に限らないことが明らかとなった点が重要である。一方、末梢性節性T細胞性リンパ腫の場合、高率にEBV保有細胞が存在しているが、その意義は一様ではなく、局所的な免疫不全状態によって引き起こされたポリクローナル、時にモノクローナルなEBV感染B、T細胞の増加と考えられる例が多い。

日和見リンパ腫

AIDS・臓器移植患者など宿主の全身性免疫不全により、健常人であれば末梢血中106-7に1個の割合に抑制されているEBV感染細胞が増殖し、リンパ腫を引き起こす。ほとんどB細胞リンパ腫で、節外性に発生
Angiocentric Immunoproliferative lesion:鼻腔T/NKリンパ腫・肺lymphomatoid granulomatosis(LYG)など血管中心性・破壊性、壊死を特徴とするリンパ腫の総称。鼻腔T/NKリンパ腫、LYGいずれもEBV関連性を示すものが多いが、LYGの一部はBリンパ腫であることが判明している。

リンパ球・組織球増殖性疾患
慢性活動性EBV感染症

伝染性単核球症様の症状を3カ月以上繰り返し、異常なEBV抗体価を示す疾患で、明らかな基礎疾患がみられない病態。小児に多く、心血管系疾患、リンパ増殖性疾患を併発し予後不良。男児に起こる稀な致死的な遺伝病X-linked lymphoproliferative disease(Duncan症候群)とは異なるが、ともにEBVに対する特異的免疫不全によるものと考えられている。

Virus associated hemophagocytic syndrome (VAHS)

全身性の組織球の増殖を主徴とする疾患で、感染症や悪性腫瘍に伴って発症するものが多く、ウイルス感染に伴うものの内、半数以上にEBVが関連している。EBV感染T細胞のクローナルな増殖が証明される例があり、そのような例では腫瘍細胞が産生するサイトカインにより組織球の増殖が引き起こされていると考えられている。

EBV関連上皮性腫瘍

鼻咽頭癌以外に、胸腺・唾液腺などのリンパ上皮腫類似癌にEBV が見いだされている。また、最近、胃癌の10%程度がEBV関連腫瘍であることが明らかにされた。

EBV関連胃癌

臨床的には男性に多く、胃噴門・体部、残胃に発生しやすい。進行癌で比較した場合、予後はEBV陰性癌に比べ良好であるが、統計的有意差はみられていない。日本では毎年約5000例発生しているが、地域別の胃癌発生頻度とEBV関連胃癌の割合は逆相関するといわれ、明らかな地域性を示す鼻咽頭癌とは異なる。
リンパ上皮腫類似胃癌のほとんどがEBV関連胃癌であるが、組織学的に中分化管状~低分化非スキルス癌の組織型をとる場合が多い。粘膜内ではlacy patternといわれる組織構築が特徴的とされている。腫瘍組織中のEBVはモノクローナルで、粘膜内癌の段階でも腫瘍細胞のほとんどにEBER陽性シグナルが存在している。癌化の早期から関与していることは明らかだが、胃粘膜へのEBV感染状態、感染機構、さらにEBV関連胃癌の発癌機構について、詳細はほとんどわかっていない。

 最近、EBV関連腫瘍び対してEBV感染を利用した特異的遺伝子治療の開発がなされており、将来、治療という点でもEBV関連腫瘍の診断が重要になることも視野の中にいれておきたい。

文献

(雑誌特集)
1)深山正久・森茂郎 (編) Epstein-Barrウイルスとリンパ腫。病理と臨床 13(8), 1995.
2)高田賢蔵・井川洋二 (監) EBウイルスとがん。発がんのメカニズムとその臨床。細胞工学 15(9), 1996
3)北川知行・伊藤嘉明・高田賢蔵 (編) EBウイルスとヒトがん。最近の進展。日本臨床, 1997