モデル事業東京地域代表,東京大学大学院医学系研究科人体病理学・病理診断学分野教授 深山正久
モデル事業東京地域事務所顧問 加治一毅

 

厚生省補助事業「診療行為に関連した死についての調査分析モデル事業」が2005年9月から開始され,2006年8月31日までの一年間に,6地域で28件の申請があった.東京地域では,このうちの15件を受け付け,3事例について評価を終了して,遺族,申請病院に報告を行った.
モデル事業が開始されるようになった背景については,他の論者により詳述されると思われるので,本稿ではモデル事業の流れについて,東京地域を例に紹介する(図1).本モデル事業は新しい形の医療評価システムで,多くの問題を内包しているが,問題の多くは克服可能なものである.表1に示すように,「病死」における病理解剖,および臨床病理カンファランス(CPC)に近似した「医療関連死の医療評価システム」の構築は可能であると信じている.
しかし,その大前提として,「異状死の定義,届け出制度」に関する新たな合意形成が必要不可欠である.また同時に,「病死」における病理解剖,およびCPCを医療側が堅持,常に推進していく必要がある.

表1 医療における解剖の比較

モデル事業における解剖
病理解剖
司法解剖
行政解剖
対象診療過程の予期しない死病死犯罪の疑いのある死死因不明の死体
目的死因解明,再発防止死因・病態解明犯罪捜査公衆衛生
主体モデル事業 (第三者機関)病院警察・検察東京都
解剖担当者病理医,法医,臨床立会医病理医,主治医法医法医 (監察医)
臨床医の関与立会い,評価CPCにおける討論意見
情報開示の形態遺族・申請機関 (報告書)
一般 (報告書概要)
遺族への開示 (報告書)
症例報告
鑑定書検案書
遺族への説明担当地域評価委員会主治医,まれに病理医なし
法的効力なしなしありなし

モデル事業の流れ,東京地域の場合

まず,モデル事業の実際について紹介する.

事例申請から解剖まで:
1.医療の過程において予期しない患者死亡が発生した場合や,診療行為に関連して患者死亡が発生した場合(診療行為に関連した死)に,遺族,医療機関,双方の同意に基づいて,東京事務所に申請が行なわれる.
2.多くの場合,申請病院から所轄警察署に異状死の届け出が行われ,病死と判断されるか,異状死であっても検案の段階で,モデル事業で扱うのが適当と判断された例である. 総合調整医(地域代表)が申請医療機関に事例の臨床経過を確認した上,解剖担当施設に連絡をする.
3.東京地域の解剖担当施設では,多くの場合,病理医が中心になり,法医,臨床立会い医に連絡をとり,チームを編成する.
4.次いで,ご遺体が申請医療機関から,解剖実施施設に運ばれ,病理医,臨床医,法医の三者によって解剖が行われる(通常,死亡翌日となる).肉眼解剖のレベルで得られた解剖結果について,遺族,病院関係者双方に説明を行う.このことによって,解剖当日の業務を終了する.

報告書案が作成されるまで:

5.病理解剖の検討は,当日の肉眼解剖だけでは十分ではないことが多い.とくに手術操作を加えられた部位については,ホルマリン固定をした臓器を細かく検討し,組織標本を作製し,組織学的な検討を加える.病理医が中心となって最終報告書を作成するが,日数として,1ヶ月以上必要である.
6.一方,解剖による検討と並行して,あるいは解剖結果報告書に引き続いて,臨床評価医2名が医学的評価を行う.カルテ,画像情報を基に,死に至った臨床経過,医療行為に関する評価である.
二名の臨床評価医については,事例に関連した領域の専門学会に推薦を依頼し,事例ごとに委嘱している.なるべく,異なった角度から評価をするように,異なった学会から一名ずつ推薦してもらうように心がけている.臨床評価医は相当程度の経験を持ち,実際に医療現場で指導的な地位にある臨床医で,前もって各学会が推薦のためのリストを作成している.
7.通常,第一評価医が臨床経過に関する医学的評価,解剖結果報告書をまとめ,要約,提言までの評価結果の第一次案を作成する(図2).次いで第二評価医がコメント,修正,加筆を行う.

地域評価委員会による検討:

8.地域評価委員会は,上記の解剖担当病理医,法医,臨床立会い医(随時)と,第一,第二評価医に加えて,内科系,外科系委員,病院側弁護士,遺族側弁護士の各一名,さらに地域の総合調整医,計9~10名で構成される.地域評価委員会の委員長は内科,あるいは外科系の委員が務めることが多い.
9.評価委員会は2回から3回開催される.1回の委員会につき2時間から3時間,議論が行われる.
10.委員会の討論によって,申請医療機関への質問,資料の追加を依頼する場合がある.また,最終報告書における字句の修正,解釈,見解の相違などについて,頻繁にメールによる意見の交換が行われている.最終的な調整は委員長が行っている.

最終結果の報告,公表:

11.地域評価委員会による最終報告書については,遺族,申請医療機関双方に対し,地域評価委員長,第一評価医,総合調整医が説明を行う.
12.報告書の概要については,再発予防の観点から,公表することを前提に事業を進めている.近く,モデル事業ホームページで公開される予定である.

モデル事業実施に関する問題点

モデル事業の実施を通して経験した問題点を表2に列挙する.東京地域の場合,事業開始から半年間,常勤の調整看護師がいない不十分な状態で事業を行わざるを得なかったため,事務処理に遅滞が生じることになった.調整看護師は,申請受け付けから説明会までの全過程の事務に関与し,同時に遺族からの相談,苦情等を受け付ける重要な役割を担っている.事業の開始当時がいかに慌しく,準備状況も不十分であったことを物語っている.ともかく,現在,モデル事業は,解剖施設,医学系学会,法律関係者,厚生省の努力によって,重い車輪が回り始めた状態にある.
モデル事業の枠組みは,次に述べる「病死」における病理解剖,CPCの流れに近似し,透明性を高めたものと言える(表1).今後,努力を積み重ねていくことによって,医療,法律関係者,さらに国民にとって受け入れられるシステムになり得ると考えている.ただし,大前提として,「異状死の定義とその扱い」に関する新たな合意が形成されなければならないが,この問題に立ち入る前に,医療側における自己反省のシステムともいえる「病理解剖とCPC」について,医療における役割,現状について紹介しておきたい.

表2 モデル事業実施上の具体的な問題点

1申請申請機関におけるモデル事業内容に関する理解が十分でない.
「事故(事例)調査委員会」による調査がなされていない場合もある.
遺族の同意(解剖)が得られない.
2警察への届け出「届け出」後の警察による判断の妥当性.判断が途中で変更された事例.
申請事例の解剖途中における「届け出」と検案,司法解剖への切り替え.
3解剖施設担当施設が限定(東京地域の場合,6施設が曜日を決めて担当).
解剖担当施設と同一施設で事例が発生した場合に,引き受けられない場合がある.
4当日の解剖結果事例の経過,問題点の把握が十分でない場合がある.
5解剖結果報告書報告書作成の負担(臨床経過の複雑さ,解剖結果の解釈上の問題).
6臨床評価医評価医の仕事内容に関するマニュアル整備が不十分.
7臨床評価報告書案作成臨床評価医(とくに第一評価医)の負担,過重.
8,9地域評価委員,委員会日程調整.
10最終報告書委員間の解釈の違い.
申請を受け付け,最終報告書まで平均6ヶ月以上.
11,12説明会,概要の公表報告書概要の公表への遺族の同意が必ずしも得られていなかった.

病理解剖とCPC

 「病死」に至る過程は,治療,診断技術の進歩に伴って複雑化している.この中で,病理解剖による死因,ならびに生前の病態,治療の適否に関する検討は,臨床医学において医療の質を自ら点検し改善するためのゴールドスタンダードであり続けている.
「一つの病気には例え低い確率であったとしても,現に診断されている病気に加え,医学的に合理性をもって説明しうる突発的な併発事象や合併症が発現し,ときにそれが死因となることがある.」(1)という見解は,臨床医学の常識と言ってよい.最近においても,臨床診断と病理診断の不一致率を検討すると, 10%前後にのぼるという報告が多い(2).このような不一致率を,過去の医学者は自戒を込めて「誤診率」と呼んだ.残念ながら過去には美徳であった表現も,現在では誤解を招いてしまう危険な言葉となってしまった.しかし,そのような現在において,臨床研修医制度においてCPCレポートを義務付けるなど,我が国の臨床医学は「患者の死に学ぶ」立場を堅持し続けている.
現代の医学においては「病死」に至るプロセスは単純ではないこと,その過程を臨床医学は病理解剖・CPCとして自己検証するシステムを持っていること,そして,それは司法解剖,行政解剖とは隔たりが大きいことを,強調しておきたい.
病理解剖,CPCというシステムにも,現在,問題がないわけではない.1990前後から急速に剖検率,剖検数が低下し,現在は全国で病理解剖数が2万5千程度と1990年以前の3分の2程度となっている.病理解剖数の低下は先進国における共通した事象であるが,その背景には,遺族の医療への不信感,医療側の病理解剖への熱意低下などがあると推定されている.医療訴訟の増加ならびに病理解剖率の低下は,ともに医療不信という氷山の一角ということができる(図3).

医療安全につながる法制度

国民の医療への信頼を取り戻し,医療現場における混乱を解決するために,中立的専門機関を創設し,新たな届け出制度を構築しなければならない.医療に関連した死を届け出し,分析するのが,犯罪の取り扱いを業務とする警察・検察機関であっては,あまりにも問題が多いと考えられる(1, 3).
それでは,モデル事業は,新たな制度における第三者機関のモデル足りえているだろうか.届け出制度については現行法のままでスタートした事業である.いかなる事例をモデル事業の対象とし,いかなるものを警察に届け出するか,あるいはしないのか.その適否をどう判断し,責任がどこまで及ぶのか.この不透明,不安定な状況を打開するには,届け出制度に関する新たな合意形成,法制度の整備が急務である.しかし,このような法制度の構築を社会,国民が認めるためには,医学,医療関係者の不断の努力が必要である.
そして,不断の努力の最も良い指標は,「病死」における病理解剖,およびCPCを一定の水準に保つこと,また,その結果を積極的に遺族に開示していくことであろう(図3).

参考文献

1)日本学術会議第2部・第7部:異状死等について.日本学術会議の見解と提言.平成17年6月23日
2) 福井次矢.病理解剖の現状.臨床家の立場から.病理と臨床16(Suppl):21, 1998
3)日本医学会加盟19学会共同声明:診療行為に関連した患者死亡の届出について.中立的専門機関の創設向けて.

平成16年9月30日