「診療関連死の死因究明の在り方検討会」
厚生労働省でのヒアリング2007/6/8 説明文


@日本病理学会は,病理医を代表しております.病理医は患者の死,病死に際して病理解剖を通して医療に貢献しており,その立場から,今回の提言を行いたいと思います.また,多数の学会員が,現在進められているモデル事業での事例の解剖,評価に献身的に貢献している経験も踏まえ,発言させていただきます.
最初のページ,下段の図をご覧下さい.通常の病死の場合,生前の診断を確認し,治療行為などを反省する目的で,教育・研修病院などでは病理解剖をお願いしております.10〜20パーセント程度で了解が得られ,病理医による病理解剖が主治医の立会いの下,行われます.解剖の後は,組織学的な検査を行い,報告書という形にまとめます.これをもとに,各科の臨床医,研修医と病理医が合同で臨床病理検討会CPCをもち検討いたします.最終的な結果については主治医,時に病理医が遺族の方にご説明申し上げ,病気,経過についてご理解を得ているわけであります.
今回の我々の提言は,CPCを通して病死の分析を日常的に行っている立場からのものである,という点を強調したいと思います.

Aでは,二枚目をご覧下さい.私どもの提言は四つの基本原則と,7つの提言からなっています.下段に,その概要について図示してあります.これは現行法にとらわれずにあるべき姿を考えたものであることをお断りしておきたいと思います.
 まず,基本原則の1ですが,これは診療関連死の届出に関ることです.診療関連死はすべて速やかに調査機関に届出を行うという枠組みです.次に,基本原則の2ですが,診療関連死のうち医療事故死,過誤死の疑いのあるものは,解剖(原則として病理解剖)に基づく調査を行うこととする,という原則です. 第三,第四は,評価後の事柄ですが,まず,調査機関の報告書を懇切に遺族に解説する医学アドバイザーを配置する.そして,調査機関の中央組織として,事例収集・分析センターを設置し,再発防止のための提言を行う,ということであります.
 以下,各原則と提言の内容についてご説明いたします.

B三枚目をご覧下さい.第一の原則についてです.現代の医療では,疾患が複合的で,診断,治療行為は複雑なものになっていることを痛感しております.したがって,死亡時に即座に合併症死,事故死,過誤死に振り分けるのは難しいことが多い.まして,警察がこれを適切に振り分けるのは不可能に近いといえます.
このため,区別なく診療関連死はすべて,地域ごとに設けられた調査機関に届出を行うべきであると考えます.「診療関連死」調査組織は,届出を受け付け,調査の必要性について判断し,医療事故死,過誤死の疑いがある事例,あるいは遺族が強く調査機関での調査を希望する場合は死因究明の調査に進むべきであると考えます.なお,この判断については調査機関の病理医,臨床医が合議によって決定することを想定しています.
その中で,明らかな過誤に基づく医療過誤死と判断された事例については,「異状死」として警察への届出を行うわけですが,これについても実はちゃんと調査機関で調査をし,その上で届け出るのが望ましい.それは司法解剖となると医療評価,情報開示が難しくなることが予想されるからです
また,死亡診断書については,調査機関への届出が明らかになる項目を設け,医療機関が死亡診断書を発行できるようにするのが望ましいと考えます.

C次に4枚目をご覧下さい.これは調査機関のあり方に深く関る事項です.私どもは,死因を究明するためには病理解剖が基本になると考えています.死因究明における病理解剖の意義についてですが,下段のグラフを見てください.これは,モデル事業東京地域で受け付けた27例について解剖の意義を検討したデータです.東京地域では複数の大学,病院の病理が中心になって行っていおります.7割の例で解剖によって新たな所見が見出され,死因の分析に有効であった.2割が死因の確定に役立ったという結果を得ています.つまり,9割の事例で病理解剖が有効だったわけです.

D5枚目をご覧下さい.よく誤解がありますのは,病理解剖も法医解剖も同じではないかと混同されている点です.表でご覧いただけるように,モデル事業における解剖と比較しておりますが,とくに,解剖担当者,臨床医の関与,情報開示の形態,遺族への説明の部分をご覧下さい.診療関連死の評価に用いる解剖は,従来から行われてきた病理解剖あるいはその延長線上にあるもので,医療機関外で発見された不審死に対し行われている法医解剖では到底ありません.また,現在の高度化した医療において疾患の病理について知悉している病理医でなければ,診療関連死の分析は難しく,これに加えて臨床専門家が参加できる形でなければ評価は不可能であります.
 また,評価には病院の調査委員会からの報告が必須なものになります.誠意ある対応を確実にするために,調査に際し誓約を行うなど必要であると考えます.
 一方,調査機関の運営,法律上の問題については,法医学専門家,および司法関係者によって監査していただくという仕組みを提言しています.
 解剖を行う場所としては,現在のモデル事業のように,事例の発生した医療機関以外の病院の病理施設を想定しています.例外として,提言の3の項目を設けてあります.しかし,提言の第三については,例外であってあくまでも実施上の補則とお考え下さい.

E6枚目をご覧下さい.さて医学の術語や表現には,説明に多くの時間を要するようなものがあり,遺族が評価報告書の内容を理解するにあたって大きな障壁となることが予想されます.この障壁をなくすことは,遺族の理解のために必須であり,裁判外紛争解決が求められた場合にも有用であると考えます.医学アドバイザーについては,「かかりつけ医」のような方が適切かもしれませんが,経験を積んだ看護師の方に資格を与えるという考えもあります.いずれにせよ,第一義的な役割は,メディエーション,仲介というよりは,遺族の求めに応じて報告書の解説を行って理解を補助することにあります.
第4の原則として,調査機関の中央組織として,事例収集・分析センターを設け,事例を類型化し,積極的な再発防止策を提言し,一般に公開する.さらに,医師を対象とした医療評価のための研修,教育プログラムを開発,提案する,そういう機能を持たせる必要があります.

Fさて,七枚目では,調査機関の設置,その現実可能性について検討してみたいと思います.
 当然,ひと,財政基盤という点が大きな問題になります.これらは,実際のところ調査を要する診療関連死がどのくらいの数に上るか,によって大きく左右される問題です.
モデル事業の東京地域では,年間約20例を受け付けました.その間,司法に回ったと推定される事例を合わせ,かつ人口比をかけますと,全国での数字は400となります.当初は,この程度の数で出発したとしても,将来的には増加することが予想されます.
人の問題では,解剖評価を担当する病理医,臨床評価を担当する臨床医の問題です.まず,臨床医の場合はいかに各学会から評価を担当する医師をリクルートするか,が問題です.一方,病理医に関しては、病理学会専門医は1928名,日常の業務があることは臨床医と同様ですが,その中で1/4の病理医が参加し,年間2例となりますと,何とか最初のスタートをきることは可能であろうと思います.なお,歯科医である口腔病理専門医にも,当然,協力を仰ぐことができます.
下段では,評価を担う病理医,臨床医における教育について,触れました.病理専門医には実地試験を含めた厳格な資格試験を行っています.これに診療関連死の取り扱いに関する講義などを取り入れることが考えられます.一方,臨床評価医の教育が重要で,このような取り組みにも病理学会として協力することができると思います.

H最後のページをご覧下さい.さて,何とかスタートをきっても,予想される事例数の増加にあたって長期的に問題になるのが人材です.ご覧のように病理医は麻酔科医と比べると,3分の1以下しかおりません.病理医へのリクルートを促す支援策が是非とも必要です.
 下段の図をご覧下さい.今回問題になっている診療関連死の根っこには,高度な医療が行われる時代に生まれた医療不信というものがあります.これは,同時に病死における病理解剖の減少という形でも現れております.医療不信という岩を砕くには,医療関連死の問題に取り組むと同時に,病死における病理解剖CPCを充実させることが重要であります.日常的に真摯で前進的な医療が行われることを通じて,医療への信頼が推進されることを期待します.このような点での何らかの政策的な誘導ということも必要である,と考えます.
 最後に,病理学会は国民の期待に応え,責任ある医療を推進するために,今回の診療関連死の死因究明制度を全力で支えていこうと考えております.本委員会におかれましては,今後の論議の過程では,我が国の病理解剖の状況を十分にご勘案いただきますように,そしてその上で真に国民のためになる制度をご設計いただきますよう,宜しくお願いいたします.